にじいろリボン〜発達障害応援ブログ〜

はじめまして、私たちは発達障害を持つ方への支援と理解を深める活動の象徴である「にじいろリボン」を身につけ視覚に訴えることで、その労働力の価値と障がいの特性を認識し、積極的に受け入れていこうという社会の実現を目指す運動を行っています。 このブログを通じて当事者さんたちが前向きに、努力ではなく「工夫することでの生きやすさ」をゲットするための情報を更新していけたらと考えています。

努力すること工夫すること

努力という言葉は何かを目指したり、叶えるためにはとても必要不可欠なように思えます。

 

学生の頃は特にこういった言葉を聞いたり言われることが多かったように思います。

 

幼少期、忘れ物が多く何時間寝ても朝が弱い。宿題なども忘れてしまうし、物も無くしやすかったです。とにかくなんでできないの、どうしてということが多く自分もしんどかったし原因がわからないので自分が悪いと思う他ありませんでした。

 

学校の成績もあまり良い方ではなく、当時の担任に授業は聞いているように見えるのになぜ理解していないのかわからないとさえ言われました(音の過敏や視覚の過敏があの当時わかっていれば変わっていたかもしれませんが)。一見静かに見えますが窓の外では体育の授業などの音や、他の教室からの音だってたくさん聞こえていてどうしてみんなこれで集中できるのかと思っていました。

 

うるさく感じない方法を努力しなさいと言われていたとしてもやっぱりやり方なんてわかりませんし、集中できないのは音がうるさいからだという部分が自分だけだとわかっていなかったので当時はなぜ?ということしかわからずますます自分をせめるばかりでした。

 

そんな自分をせめる(心の中で)クセは今もなかなかなおりません。

無くしたくない物をまとめていても油断すると無くなってしまい探す度に嫌になります。

 

この特性のことを理解してからは工夫することが課題になりました。努力をしないわけではなく、工夫することを努力するようになりました。例えば先ほどの音のこと、これを闇雲に努力していた当時は聞こえないようにする(思い込む)とかとにかく目の前の授業を聞く見るをするしかなくそれ以外の努力方法はわからずしかも解決しませんでした。ですが今であれば仕切りをしてもらったり、ノイズキャンセルの機械やイヤーマフなどの道具がありますし、また自分の特性を伝えることはできます。自分の困っていることを正しいところに相談できるだけで十分だと思えるようになりました。

 

作業も集中出来ない場合は30分作業をして10分休憩する。1つのタイマーだけでは切り替えが難しいので5分前にもタイマーが鳴るようにもしています。

 

最近わかったことですが視覚過敏からの影響で私はキラキラしたものを見るととても癒やされます。なのでそういったアイテムを作ったり小物や文房具に取り入れたりして少しでも落ち着けるようにもしています。

 

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